Q1. 日本の気候変動対策ではトランジションという考え方が強く出ていると思いますが、その点についてどう思われますか?
A1.
サステナブルな将来について、日本ではトランジションという考え方が顕著ですが、欧州などからは批判の声もあります。既存産業を変革していくという考え方であるため、削減対象となるCO2排出量がなかなか減らず、個人的には日本がトランジションと言っているとグリーン化の取組が欧州と比べてかなり遅れてしまうのではないかと懸念していました。しかし最近では日本のトランジションの考え方は、日本にとって、また発展途上国にとっても正しい回答である可能性が高いと考えるようになっています。
Q2. トランジションの考え方の良い点はどのようなところにあるのでしょうか?
A2.
自動車産業を例にとると、欧州や米国の一部では急速にEV化を進めようとしています。中国も国を挙げてEV化を進めています。欧州や英国また米国の一部の州などは、2030年や2035年までにガソリン車を廃止して、全面的にEV車にするという国や州の政策を打ち出し、補助金を出してEV化を後押ししています。
しかし、EV車の話が急速に広がったのは、2015年にフォルクスワーゲンによるディーゼル車の排ガス不正問題が米国環境保護局から報告されたことがきっかけとなった印象を持っています。ハイブリッド車は日本の独壇場であり、欧州がクリーンだと言って力を入れていたディーゼル車で不正があったとなると、欧州・米国の自動車産業が日本車と競争するには、選択肢がEVだけになってしまったと思えるからです。
ハイブリットもだめだという各国の政策に対して、日本の自動車メーカーはEV化と同時に、燃料電池車や水素エンジン、グリーンな航空燃料の研究など多様な選択にも力を入れています。
また異なる産業になりますが、最近目を引くのが日本製鉄の取組です。製鉄業のグリーン化に力を入れています。これまで発展途上国との価格競争で不利な立場になっていましたが、製鉄業のグリーン化と製造製品の見直しを図ることで、同社の収益も拡大するようになっています。
これまでの米国や英国の産業政策を考えると、衰退してきた産業は発展途上国などに移し安い労働力で生産し、自国はITや金融などの大きく発展しそうな産業に力を入れてきました。欧州のサステナブルファイナンスの政策や規制を見ても、地域の政策であるため当然とは言えますが、欧州地域のグリーン化を目指すものです。このような政策は、競争力を失った既存産業はその国や地域からなくなるものの、発展途上国に既存産業や既存技術を移すことで成り立っています。世界全体でグリーン化が進むわけではありません。これと比較して日本型のトランジションの考え方は、日本のみならず、発展途上国の製造業を含めたグリーン化に貢献する可能性が高く、グローバルな視点でのグリーン化には非常に重要だと最近は考えるようになっています。
Q3. 日本の政府や企業がトランジションという考え方を重視している理由や背景には、どのようなものがあるのでしょうか?
A3.
2点あると思います。
1つは、日本では電力も化石燃料の輸入にほぼ頼っており、また再生可能エネルギーは地理的に不利な面があり、太陽光も海上風力発電もなかなか大規模にはなり得ず、再生可能エネルギー価格が高いことです。
欧州では既に再生可能エネルギー価格が既存電力よりも低くなっています。世界最大の洋上風力発電会社であり、総容量では世界の4分の1以上を占めるデンマークのオルステッドの話を聴く機会がありましたが、日本の新たな洋上風力発電は、政府が進める開発プロジェクトでも規模が小さく、風力発電会社にとっては参加する魅力が乏しいようです。太陽光も日本では規模などの問題があり、価格面でも競争力がありません。
2つめの理由は、日本が貿易面でも東南アジアやインドなどの国との繋がりも強く、こうした国々では現地の電力事情を考えると自動車産業を例にとってもEVだけでは成り立たちません。日本の既存産業のグリーン化技術が現実的な解となりそうです。この点で、トランジションの政策を進める日本は欧州や米国に有利な立場を築くことが出来そうです。
後編につづく