アナリストの役割に変化が起きている理由(連載 第8回)

Q.8.

前回は、アナリストの役割が以前とは変わったという北川哲雄先生のご意見についてお聞きしましたが、そのような変化が起きている理由や原因は何なのでしょうか?

A.8.

前回、北川先生のお話しを紹介したのは、アナリストの役割に変化が出る段階にまで、ESG投資の影響がでてきたのか、と思ったからです。北川先生は、変わってはきたがどちらが良いということではないと、繰り返して言われていました。変化が起きていることを理解するのが重要だと理解しました。

特に昨年から、ESG投資やサステナブルファイナンスの分野でパラダイムシフトといえるほどの大きな変化が生じており、現在はその大きな変化の途中にあると私は考えています。その大きな変化の中で、アナリストの役割も変わってきたと考えると理解しやすいと思います。

運用会社(バイサイド)では、通常の株式投資の運用体制として、個別ファンドの運用を担当するファンドマネージャーと、投資で組み込む企業とその投資比率を決める際のベースとなる個別企業の企業価値を分析判断する企業アナリスが、大きな役割を果たします。アナリストは企業が属する産業の分析もします。

ESG投資以前のアナリストは、企業の財務情報の分析を行い、また担当企業へ個別訪問して、各企業についてはかなり深く理解していました。運用会社で特定企業について一番理解しているのは担当アナリストです。ですから、ファンドマネージャーはアナリストの意見を尊重して、投資分析を行います。北川先生の話にあったDCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法は、企業の将来価値を考えて、それを現在価値に割り戻して、現在の株価と比較して、割安か割高かを考える、最もオーソドックスな分析方法です。私の知る限り、将来3年とか5年先の企業価値を検討しているケースが多いと思います。

「DFCも教科書では存在していても、今ではあまりやっているところはないのではないか」と北川先生はおっしゃっていましたが、個人的にはちょっと違った理解をしています。理由は2つあります。PRI(責任投資原則)による責任投資の教育プログラムである「PRIアカデミー」の上級テキストでは、DCF法で企業の財務分析をして、それにESG分析の結果を反映させて統合する方法を説明しています。これは、PRIの原則1である「投資分析と意思決定のプロセスにESGの課題を組み込む」の実務的方法の説明です。このテキスト作成にはESG投資で有名な運用会社が協力しています。もうひとつの理由は、DFC法は、投資家による企業分析だけでなく、企業が行うファイナンス分析でも用いられる重要な方法であるからです。ですから、DCF法がおろそかになってよいとは私は考えていません。ただ、北川先生がそのような印象を持ったということは、日本の運用会社でそのような傾向が生じているのではないのか、という懸念を持ちました。

ESG投資が今では当たり前の世界となり、そのデータや分析手法も高度化するようになったことで、アナリストの役割は、以前から取り組んでいたDCF法による企業の財務分析に加えて、ESG分析もして、かつその2つを統合することが加わり、新たな仕事として増えたことになります。共通点は、企業の将来価値を検討する観点です。運用会社は、こうした企業分析の手法の変化を理解して、アナリストの仕事の付加が増えたことにどのように対応するのか、組織として検討する必要があります。財務分析がおろそかになってよいと言うことではないと思います。

では、DCF法とESG分析を統合する意味、価値、背景はどこにあるのでしょうか?財務分析では、財務面から企業の将来価値を考えます。過去や他社の財務データ、また企業訪問による情報を勘案して将来価値を考えるので、ある程度の確度を持って予測できるのは、3年から5年ほどの将来価値ではないかと私は考えています。企業価値を考える上での重要な基礎となります。

一方で、ESG分析は、EUが指摘するダブルマテリアリティであれば、「企業が環境や社会与える影響」と「環境と社会が企業に与える景況」の両面を考慮する必要があります。このような環境や社会課題は短期だけではなく、長期の変化を考慮する必要があります。環境課題で言えば、今のグローバル目標は2050年のカーボンニュートラルとなっていますから、2050年に向けて各企業がどのような方針や戦略を持っているのか、それをどのように実現していくのかを理解することがポイントとなります。社会課題でも、例えば人権を取ってみても、短期で解決できる問題ではなく、長期にどのように実現していくかが課題となります。財務分析とは分析内容も、対象期間も大きく異なります。財務分析と相互補完する役割の分析とも言えます。

ESG投資がメインストリームの投資として当たり前となり、高度化した現在では、投資家は財務分析とESG分析をして企業価値を判断することが必須となっています。かつ、ほんとうにグリーンな投資なのかということが問われるようになり、EUではグリーンであるかそうでないかを分類するSFDR(サステナブルファイナンス開示規制)が21年3月に導入されました。グリーンであるかどうかと言う訴訟も欧州や米国で起きています。アナリストの役割に変化が生じた背景には、このようなESG投資の高度化があります。